新幹線の新型車両を支える『曲げガラス』のパイオニア、関谷智宏さん



夢の扉プラス、今回は、新幹線の新型車両を支える『曲げガラス』のパイオニア、富山県 新光硝子工業 工業長・関谷智宏さんを取り上げています。


上海のヒルトンホテル、カタールの国立美術館、金沢21世紀美術館など、国内外の様々な建物の窓や外壁などには、曲線を描くガラスが使われています。


新光硝子工業は、その、ガラスを曲げることを専門にてがける職人集団、そのリーダーが関谷智宏さんです。


関谷さん、『ガラスの声』を聞きながら、曲げ加工の生命線となる温度管理を綿密に行い、ゆがみや気泡一つなく、ミリ単位の精度で美しいガラスを作り上げていきます。



新光硝子工業は、世界中のどの企業もできなかった技術を編み出し、形状を変えて高速化し続ける新幹線の「フロントガラス」も、20年以上曲げ続けています。


関谷智宏さんが平成8年に初めて手がけたのがE3系新幹線です。



新幹線のフロントガラスは、開業からしばらくは四角い板ガラスが使われていましたが、空気抵抗や騒音を減らすために曲線を描くようになりました。


さらに北陸新幹線は豪雪地帯などを走るため、フロントガラスはこれまでで最も分厚い作りになっています。


今年、関谷さんが新たに挑むのは、その、2015年に開業する最新型の『北陸新幹線』のフロントガラスです。

これまでにない大きくて厚い板ガラスを一度に曲げる、究極の曲げ加工技術が求められます。


見える範囲を広くするために、これまでと違い大きな一枚ガラスを使用、厚みの違う4枚のガラスを重ねて型に添って曲げることとなりました。


ガラスの間の隙間(ミスマッチ)が見つかり何度もやり直し、2mmほどのたわみも許せず完璧を目指し、


12回目の挑戦で関谷さんの納得するミスマッチもたわみもないフロントガラスが完成し、兵庫・神戸市の川崎重工業に運ばれたフロントガラスは、新幹線に無事はめ込まれました。


「やり抜く」ことを信条にしている関谷さんの面目躍如です。


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有田焼万華鏡と有田焼万年筆を誕生させ、今新たに有田焼腕時計作りに挑戦している石川慶蔵さん



夢の扉プラス、今回は、有田焼再生の為に新たな有田焼ブランド開発に奮闘する、佐賀ダンボール商会社長の石川慶蔵さんを取り上げています。


400年の歴史を持つ有田焼、17世紀のヨーロッパ。その頃のヨーロッパでは有田焼のような白い磁器が作れなかったので、有田焼の白が『白い金』と呼ばれ一大ブームを起こしました。

あの有名ブランド『マイセン』は、有田焼に大きな影響を受けていると言われているほどです。



有田焼の売上が最盛期の七分の一に落ち込んでいる今、住民の六割が有田焼関連の仕事に従事している有田町民はその影響を大きく受けています。


そんな有田町の活性化のために行動を起こそうと考えて、石川さんが行ったのは新商品の開発でした。



11年前大腸がんで入院した事が大きな転機になりました。自らの癒しのため木製の万華鏡を持込みたのしんでいましたが、周りの人にも見せて上げて、その喜び元気になる姿を見て有田焼で万華鏡を作ることを思いつきます。


そして、まず図書館に通い詰め有田焼に関する本を読み歴史を学びました。ちなみに石川さんは有田焼を梱包するダボール会社の社長さんで、それまで有田焼に関する知識はすくないものでした。



「有田焼で万華鏡を作ろう」と窯元探しを行い、それぞれが独自の手法で有田焼を作っていてそれを外部に出すことにためらいを覚える老舗窯元を情熱を持って説得し、源右衛門窯と香蘭社と共同開発をする迄に漕ぎ着けました。



有田焼で万華鏡を作際に一番の壁は焼くときに起こる収縮でした。有田焼は高温で作るため約12%も縮み変形する難しさがありました。


収縮率が一定になる土作りが出来る職人を初め、高名な万華鏡作家などの専門家を集め、12の異業種プロジェクトチームを作り有田焼万華鏡作りを開始。


そして誕生した有田焼万華鏡は、源右衛門窯と香蘭社それぞれの個性が活かされた素晴らしいもので評判を呼び1億3000万円を売り上げました。



次に石川さん達が取り組んだのが有田焼の万年筆作り。有田焼万年筆も素晴らしい出来栄えのものを誕生させました。

2008年のG8北海道洞爺湖サミットで各国首相への贈答品にも選ばれた程の優れものです。



そして今石川さん達が取り組んでいるのが有田焼の腕時計。極薄の文字盤を有田焼で作るという難題に挑戦しています。


ヨーロッパでは『第二の名刺』と言われているほどの価値を持ち大事にされている腕時計。そんな腕時計で、世界に向けて有田焼の素晴らしさを伝えようとしているのです。



『有田焼万華鏡』





『有田焼万年筆』



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横井浩史さん開発のハイテク義手(筋電義手)

夢の扉〜NEXT DOOR〜、今回は、ハイテク義手・筋電義手の開発者、横井浩史さんのドキュメンタリーです。

ハイテク義手・筋電義手の開発者、横井浩史さんのドキュメンタリーは、夢の扉〜NEXT DOOR〜で今まで二回ほど取り上げられ、私も記事にしていて、(筋電義手(ハイテク義手)  横井浩史さん、子供用の筋電義手開発に成功。)今回は三回目の放送になります。

横井浩史さんが開発・研究しているのは、ハイテク義手ですが、ハイテク義手というのは、生物が動く時に発生している電気信号(筋電位)をコンピューターが覚えることによって、筋肉の収縮などを行うもので、筋電義手と呼ばれているようです。

人間の手は第二の心臓と呼ばれるほど複雑に神経が張り巡らされ、手の、物をつかむ、手首を曲げる、握るプラス手首回転、関節ごとにそれぞれの指を動かすなどの動きを筋電義手の思いどうりにスムーズに動かす事は想像以上に大変なようです。

横井さんの作る筋電義手は5本の指が別々の動きをし、しかも、指先の先端に電気信号を感知するセンサーである触覚センサーが取り付けられているために、指先の感覚を脳が認識できるという優れものです。


今回は、前回の、先天性四肢障害で生まれつき右手の手首から先をなくしている、大久保美来ちゃんの筋電義手開発・子供用の筋電義手開発の続きですが・・・

筋電義手を使っての美来ちゃんの最初の夢は、『給食の時にお茶碗を持って食べる事』でした。

大久保美来ちゃんの夢を実現させてやりたいと横井浩史さんの挑戦が始まりましたが、『先天性』という事と『子供の義手』というので色んな問題点が出てきました。

まず『先天性』ということですが、義手をつけてそれを動かす場合は、失った手をイメージして筋電位を読み取るようです。 右手を動かした経験がない美来ちゃんの場合は、義手を動かす筋電位が発達しているかどうかが一番の問題でしたが、その点は見事にクリアーしています。


次の問題は、『子供用の義手』ということですが、これはモーターの重さが大きく関係してきます。

最新テクノロジーを駆使した節電義手の仕組みは、筋肉の動きによっておこる筋電位を筋電センサーが感知し、コンピューターが解析、モーターで動かすというものですが、 筋電義手をつけるには、モーターをつけたソケットを二の腕に装着する必要があります。

大人用の筋電義手は、モーターの重さが1、2Kg。機能を大人用と全く同じに維持しながらという条件付のモーターの軽量化に挑戦。
美来ちゃんのために出来上がった最初の筋電義手は、モーターが9個でその重さ800g。

モーターの軽量化との闘いの末、横井浩史さんがたどり着いた結論。それは、『五本の指を別々に動かす事をあきらめて、親指と人差し指、中指と薬指を一緒に動かす』というものでした。

これにより、モーターの数を9個から7個に減らすことができ、重さも、800gから580gまで軽くなりました。これで、十分とまではいかなくても一応軽量化の問題も解決。


そして、、『使いこなす練習が必要』という節電義手使用者の最後の関門も、家で練習に練習を重ね、お茶碗を持って食べる事に成功し、その本当に嬉しそうな美来ちゃんの顔が印象的でした。


さて、最初の願いの『お茶碗を持って食べる事』は見事に達成された美来ちゃん、今回の願いは、『ピアノを弾くこと』その願いは叶ったんでしょうか・・・?

結論を言えば残念ながら今回は美来ちゃんの夢は叶いませんでした。原因は、美来ちゃんが先天性四肢障害という事とも無関係ではないかもしれませんが、『筋電位の感知が出来ない事』です。

筋電義手でピアノを弾くには指を一本ずつ正確に動かせなければいけませんが、その為には筋電位を筋電センサーが感知する必要があるのですが、美来ちゃんの筋電位をセンサーが読み取れません。

研究所での実験の段階では成功しているんですが、イザ美来ちゃんが筋電義手をはめてピアノを弾こうとしても全く出来ません。残念ながら横井さんも「今回はゼロだ」と言っていました。

今回は完全なる失敗に終わりましたが、横井さんは決してあきらめません。目指すは、『どんなに微弱な筋電位でも読み取れるセンサーの開発』。次回の夢の扉〜NEXT DOOR 〜の放送にての朗報を待ちましょう。


    【夢の扉〜NEXT DOOR〜 2009年6月21日放送】
『ハイテク義手を一刻も早く実用化し、腕を失った人たちのための力になりたいPartIII』
   ドリームメーカー/横井浩史  ナビゲーター/山口日記

        【横井浩史さんのマイゴール】
『2015年までに、人の知を表現し、生活を助ける義手を作りたい』

一から一流の家具職人を育て上げる秋山利輝さん

夢の扉〜NEXT DOOR〜、

今回は、神奈川県横浜市で、家具造りの職人を育てている秋山木工の社長の秋山利輝さんのドキュメンタリーです。


今、『不況知らずの会社』として名を馳せている秋山木工は本当にユニークな会社です。

社長の秋山さんは、昔の職人の徒弟制度的に、一から一流の家具職人を育て上げようとしています。

家具職人研修生全員が寮住まいで4年間修行に励みます。


まず驚かされるのが男女を問わず研修生全員が丸坊主にされること。

男はともかく、17、8の女性にしてみれば相当の覚悟がないと丸坊主にはなれないと思いますね。


秋山社長の基本的な考え方は、『まず人間性を高める事が大事。技術はおのずと後からついてくる』というものですが、

その考えによる家具職人としての人材育成法は、

仕事の腕より人間性。

仲間との絆を深める。

家族やその他の人への感謝の気持ちを育てる。  

ことを重視するものです。


『家具職人として一流になれるかどうかは人間性で決まる』の信念の元、

秋社長は早朝から夜遅くまでつきっきりで指導に当たっています。


夢の扉〜NEXT DOOR〜の番組内で、秋山式人材育成法の一環として『レポート提出』が紹介されていました。

これは、研修生全員がその日に学んだ事や失敗した事、出来事などをレポートにして提出するという物で、

写真なども豊富に載っていて、研修生の家具職人としての修行内容が手に取るようにわかるものになっています。


一冊書き終えるごとに各研修生の家族に送るというものですが・・・

この研修ノート、家族の一言が添えられて返されてくるんですね。

その返されてきたノートには研修生の家族の温かい言葉が添えられていて、厳しい修行をしている研修生にとっては大きな励ましになっていますね。


『家族と会社と一体になって一人の人間を育て上げる』という、秋山社長の考えを端的に顕しているのがこの『修行ノート』だと思います。


さて、そんな秋山社長が育て上げた家具職人が造る特注家具は、宮内庁や迎賓館、国会議事堂でも使われているようです。

となると、秋山家具はかなりの値段がするかも知れませんね。

何しろ全て注文家具・オーダーメイドですからね。


家庭用の木の道家具、どれほどの値段がするのか知りたいものです・・・。


  【夢の扉〜NEXT DOOR〜 2009年2月8日放送】

     『一流の家具職人を育て、世に送り出したい』

  ドリームメーカー/秋山利輝    ナビゲーター/麻宮美香


        【秋山利輝さんのマイゴール】

   『世界に通用する技術と人間性をもった職人を育てます』


追伸)    【秋山家具】

写真修復職人、村林孝夫。

夢の扉〜NEXT DOOR〜、今回は、世界唯一の写真修復職人、村林孝夫さんのドキュメンタリーです。


村林孝夫さんの写真科学修復の技は、『100年前の写真がオリジナルそのまま甦る』とされています。


写真修復には、科学修復とデジタル修復があり、今はデジタル修復(パソコン上での作業)が主になっていますが、

薬品を使った暗室作業である化学修復の最大の利点は、デジタル修復では不可能な、古くなって消えてしまった画像を再現出来る事です。


画像が色あせたり、消えた写真は、デジタル修復では想像で描き加える事が多く、オリジナルの再現は望めないようです。

化学修復法はオリジナルを鮮明に再現する唯一の方法なんですね。


村林孝夫さんは、特許取得済の『経年変化した白黒写真修復法』を用い、写真の修復を行います。

厳密には、科学修復を行った後に、デジタル修復で最後の仕上げをし、古い写真を本当に鮮明に蘇らせます。


村林孝夫さんが行う写真の科学的修復。

夢の扉〜NEXT DOOR〜では、古い劣化した写真をまず水に浸し、ほこり、カビなどを洗い流していました。

そして、キレイにした写真をワインにつけ漂白し、感光する前の状態に戻します。

それを再び感光させ、現像液につけ蘇らせるという具合ですね。


村林さんが新たに取り組んでいるのが、これまで修復が不可能とされてきた「鶏卵紙」の写真修復。

「鶏卵紙」とは、今から140年前から100年前、幕末から明治中期にかけて使用された薄い印画紙で、

上質紙などの表面に「卵白に塩を加えた液」を均一に塗り、これを乾燥した後に「硝酸銀溶液」を塗って感光性を持たせたものです。


幕末から明治中期という、日本の激動期に使われていた鶏卵紙。

修復不可能とされていた鶏卵紙の写真修復が可能になれば、激動の時代に写された、坂本龍馬、高杉晋作・・・などの写真が鮮明に蘇り、当時の様子が再現され、時代考証を初め本当に貴重な資料となりえます。


村林さん、今回は勝海舟の写真の修復に取り組みます。

まず、にかわで貼り付けてある鶏卵紙を剥がします。

次に、はがした写真を特殊な蒸気に当て漂白。

最大の難関が現像。通常現像液につけるのですが、鶏卵紙は耐久力が無いためその方法が使えません。

そこで取られた方法が、幕末の当時と同じ現像方法。つまり、紫外線で焼き付ける方法です。

紫外線発生装置が使われていましたね。

鶏卵紙は熱に弱く、紫外線が当たりすぎると画像がだめになりますので、慎重に作業が続きます。


そして見事蘇った勝海舟の写真は・・・

ロッキングチェアに座り、ベルトに刀を差し、ベストを着て羽織をはおっているという、和洋折衷の姿。

歴史研究家にとっては、涙ものの本当に貴重な写真が蘇りました。

歴史的写真はともかく、自分の本当に再現して欲しい写真の修復が可能な人物、村林孝夫氏。

名前は覚えておきましょうか・・・。



      【村林孝夫さんのマイゴール】

『時代の息吹と人々の思いとを鮮明な写真と共に後世の人々に伝えたい。』


        2008年3月30日放送
『写真を復元する技術を高め、過去の貴重な写真を復活させたい』
 
村林孝夫          ナビゲーター:宮越かおり

横井浩史さん、子供用の筋電義手開発に成功。

夢の扉〜NEXT DOOR〜、今回は前回の続きになりますね。


先天性四肢障害で生まれつき右手の手首から先をなくしている、
小学1年生(7才)の大久保美来ちゃんの筋電義手開発の続きですね。


筋電義手の開発者、横井浩史さんが初めて臨む子供用の筋電義手ですが・・・

前回は、ようやく自分用の筋電義手ができたというので、
喜び一杯で東京大学の横井浩史さんのもとを訪れた大久保美来ちゃん。

いざその筋電義手をつけてみると、
『痛い、重い』と、美来ちゃんの表情が暗くなりましたね。

子供用の筋電義手を作るときの一番の問題点、それは重さ。
つまり軽量化との闘いになるようです。



最新テクノロジーを駆使した筋電義手の仕組みは、

筋肉の動きによっておこる筋電位を筋電センサーが感知し、コンピューターが解析、モーターで動かすというものですが、

筋電義手をつけるには、モーターをつけたソケットを二の腕に装着する必要があるんですね。

大人用の筋電義手は、モーターが13個ついていてその重さが1,2Kg。

美来ちゃんのために軽量化するにはモーターを減らす必要があります。しかも機能を大人用と全く同じに維持しながら。

美来ちゃんのために出来上がった筋電義手は、モーターが9個でその重さ800gでしたが、それでも重いということでした。



軽量化との闘いの末、横井浩史さんがたどり着いた結論。

それは、『五本の指を別々に動かす事をあきらめて、親指と人差し指、中指と薬指を一緒に動かす』というものでした。

これにより、モーターの数を9個から7個に減らすことができ、
重さも、800gから580gまで軽くなりました。

これで、十分とまではいかなくても一応軽量化の問題は解決。


半ば筋電義手をあきらめていた美来ちゃんも、新しいハイテク義手には大満足。

実際に装着してみると、
グー、チョキ、パーができて嬉しそうです。

美来ちゃんの最初の夢は、『給食の時にお茶碗を持って食べる事』

家で練習に練習を重ね、お茶碗を持って食べる事に成功しましたね。

お茶碗を持つことに最初は失敗の連続でしたが、その失敗さえも、美来ちゃんを初め、お父さん、お母さん、妹、みんな嬉しそうな様子が凄く印象的でした。



そして、横井浩史さんの笑顔が素晴らしかったですね。

美来ちゃんが筋電義手でお茶碗を持って食事をする為の奮闘ぶりと、見事お茶碗を持つことに成功し、ご飯を完食し喜ぶ様子をビデオで見た時の・・・


早くも美来ちゃんは次の夢の向かって進んでいっています。

それは、『ピアノを弾くこと』

美来ちゃんは今、夢に満ちた未来に大きくはばたいていますね!!


【横井浩史さんのマイゴール】

『2015年までに人の知を表現し、生活を助ける義手を作りたい。』


夢の扉〜NEXT DOOR〜  2008年2月24日放送

『ハイテク義手を一刻も早く実用化し、腕を失った人たちのための力になりたいPartII』
 
横井浩史             ナビゲーター:藤森夕子


筋電義手(ハイテク義手)

夢の扉〜NEXT DOOR〜

今回は、『人間の手を再現したい』という思いで、画期的なハイテク義手を開発、本格的な実用に向け頑張っている横井浩史さんのドキュメンタリーです。


横井浩史さんは、東京大学大学院で精密機械工学を専門とする研究者で、実現が最も難しい領域だといわれている、ハイテク義手の開発に取り組んでいます。


ロボットと子供達が楽しく遊んでいるテレビCMでも見られるように、人間の動きを再現するロボット開発に関してのスピードは素晴らしいものがありますね。

そんな著しい進歩を見せるロボット開発でも人間の手を再現するという事は相当難しいようです。

物をつかむ、手首を曲げる、握るプラス手首回転、関節ごとにそれぞれの指を動かすなどの動きをスムーズに行う事が大変だとか・・・。


ハイテク義手というのは、生物が動く時に発生している電気信号(筋電位)をコンピューターが覚えることによって、筋肉の収縮などを行うもので、筋電義手と呼ばれているようです。



横井さんの作る筋電義手は5本の指が別々の動きをし、しかも、指先の先端に電気信号を感知するセンサーである触覚センサーが取り付けられているために、指先の感覚を脳が認識できるという優れものです。



日本国内でケガや病気で腕を失った人は、約160万人。しかし、義手を付けているのはそのうちの0.6%の1万人弱というのが現状のようですが、

今回の夢の扉では、成功例としての北海道津別町 笠井 ヒロ子さんの装飾義手が取り上げられていました。



それと、千葉の少女大久保美来ちゃんからの筋電義手作製依頼が。

大久保美来ちゃんは、生まれつき右手の手首から先がない図工大好き少女で、不自由な手で折り紙も器用に作れます。

小学1年生の大久保美来ちゃんの夢は、『大好きなピアノを弾いてみたい』 というものです。


大久保美来ちゃんの夢を実現させてやりたいと横井浩史さんの挑戦が始まりましたが、『先天性』という事と『子供の義手』というので色んな問題点が出てきました。

まず『先天性』ということですが、義手をつけてそれを動かす場合は、失った手をイメージして筋電位読み取るようです。 

右手を動かした経験がない美来ちゃんの場合は、義手を動かす筋電位が発達しているかどうかが一番の問題でしたが、

その点は見事にクリアーしましたね。


次の問題は、『子供用の義手』ということですが、これは重さが大きく関係してきます。

大人用の筋電義手は、モーターが13個ついていてその重さが1,2Kg。

美来ちゃんのために軽量化するにはモーターを減らす必要があります。しかも機能を大人用と全く同じに維持しながら。

美来ちゃんのために出来上がった筋電義手は、モーターが9個でその重さ800g。


ようやく出来上がった筋電義手を嬉しそうにつけてみた美来ちゃんでしたが、実際につけてみてその表情は暗くなります。 

「重い 痛い」と言っていました。

やっぱり、『子供用の筋電義手』の開発は一筋縄ではいかないようですね。 



       【横井浩史さんのマイゴール】

『2015年までに人の知を表現し、生活を助ける義手を作りたい。』


2008年2月17日放送

『ハイテク義手を一刻も早く実用化し、腕を失った人たちのための力になりたい。』
 
横井浩史           ナビゲーター:藤森夕子

変形性ひざ関節症の方に朗報。佐喜眞保さんのCBブレース。

夢の扉、今回は膝の痛みで困っている方にとっては最高の内容ですね。

変形性ひざ関節症、あなたの回りでこの病気で困っている方はいませんか?


変形性ひざ関節症は膝の軟骨が磨り減り歩く時に激しい痛みを伴い歩行困難になる病気です。


変形性ひざ関節症による膝の痛みは毎日の生活に大きく影響を与えるようです。


歩行時に痛みが伴い杖なしでは歩けない方や、階段の上り下りの際に膝に痛みが出て、何かにつかまらないと歩けない方などは、
変形性ひざ関節症と思ってまちがいないでしょう。


変形性ひざ関節症は老化や、激しい運動をした場合などに起こりやすいので、誰でもいつかかかる病気だと思ってもいいかも知れません。


今現在全国で1200万人が悩んでいると言われている「変形性ひざ関節症」。


その「変形性ひざ関節症」による歩行時の痛みを解消し、自力での歩行を可能にしているのが、

沖縄県・宜野湾市に住む株)佐喜眞義肢の佐喜眞保さんです。

もしあなたが今変形性ひざ関節症で悩んでいるとしたら、佐喜眞保さんの名前は覚えておいた方がいいでしょう。


佐喜眞保さんは義肢装具士です。佐喜眞保さんの作り出す装具は『奇跡を生む魔法の装具』と呼ばれています。


なぜ佐喜眞保さんの作り出す関節装具が膝の痛みを解消し、杖なしでも歩けるようにする事が出来るのか?


変形性ひざ関節症による膝の痛みは膝の骨がずれている事により起こりますので、その骨のずれを元の位置にもどししっかりと固定してやります。

佐喜眞保さんの装具はCBブレースと呼ばれていますが、CBブレースの大きな特徴は膝の部分を押さえる力が強くぐらつきが起きない事。

そして軽い事です。

ですので、歩く事に困っている方が痛みが起きない状態で軽い装具で膝を固定出来るので、すんなりと歩き始められると言うわけですね。

しかも素晴らしい事に、CBブレースを使って歩行訓練を続けると、約3ヶ月で関節症が解消し自力での歩行が可能になるようですね。

歩く事によって膝に筋肉がついてきて軟骨をカバーするようです・・・。


あなたが膝の痛みで本当に困って沖縄の佐喜眞保さんを訪れたとします。

まず最初に佐喜眞保さんと一緒に整形外科に行って膝の状態を詳しく調べてもらいます。

佐喜眞保さんがあなたの両方の足型(太ももから下全部)を取ります。

あなたの膝の状態をはっきりとふまえたうえであなただけの装具・CBブレースを作ります。

実際にあなたの足にCBブレースをつけてみて歩いてみる。

歩いた感じで少し違和感があるところを微調整する。  という具合ですね。


浅香光代さん。大衆演劇界の大御所ですが、彼女も20年来変形性ひざ関節症をわずらって困っていました。

浅香光代さんは今70代ですので50代のころから膝の痛みに耐えているんですね。

浅香光代さんは変形性ひざ関節症の最重症というものらしいです。

膝がまっすぐ伸びない。   膝を曲げる事が出来ない。

膝のクッションの役割を果たす軟骨がほとんどない。

色んな動きをする時はもちろん、立っているだけでも膝に痛みが走る。

浅香光代さんは今まで色んな膝の治療をやってきたようです。
今現在行っているのがヒアルロン酸注射。

ヒアルロン酸注射も一時しのぎにしか過ぎず、毎日の階段の昇り降りは人の手を借りています。

でもさすが役者根性。舞台に立っている時は膝の痛みは微塵も感じさせません。


重症の膝関節症で困っている浅香光代さんが佐喜眞保さんを訪ねたのですが、佐喜眞保さんの説明を聞いている浅香光代さん、最初は半信半疑という感じでしたね。

というか、不信感一杯というのが顔にはっきりと表れていました。

その浅香光代さん、佐喜眞保さんが一晩で作ったCBブレースを膝に装着し、見事に階段を登り降り出来ました。

もちろん、誰の手も借りずに!!

いやー、浅香さん嬉しそうでしたね。CBブレースで歩けるようになった方全て本当に心からの笑顔を見せていましたね。

その笑顔が見たくて佐喜眞保さんは今の『義肢装具士』という仕事をやっているようです。


夢の扉、今回の『軽量間接装具で関節症を矯正していきたい』を見ていて気が付いたのですが、佐喜眞保さんは本当に謙虚な人ですね。

CBブレースで歩けるようになった方の感謝の言葉に対して、『ありがとう』と答えていました。

佐喜眞保さん、3歳の時に背骨が変形し身体に障害を負ったそうです。その障害を克服し今があるようで、

身体の不自由な方の気持ちが手に取るようにわかるのはもちろん、その不自由さが解消された時の喜びも実感できます。

『身体が不自由な方のお役に立てて本当に嬉しい』
その気持ちから来る謙虚さですね。


余談ですが・・・

沖縄県・宜野湾市の株)佐喜眞義肢の佐喜眞保さん。
80才を越える母のためにも覚えておく事にします。


       【佐喜眞 保さんのマイゴール】

『膝の痛みを抱えている人達に、自分の足で歩く喜びを取り戻して欲しい 』


2月10日放送  『軽量間接装具で関節症を矯正していきたい』
 
佐喜眞 保       ドリームナビゲーター:川瀬良子


追伸)

ハートウオーカーっ聞いたことがありますか?

ハートウオーカーは、
イギリス製の『手を使わなくても歩ける夢の歩行器』です。

みのもんたの「朝ズバッ!!」で紹介していました。

ハートウオーカーの値段は一台85万円。

使いたいけど値段が高くて手が出せなかった少女が、岡本尚夫妻のハートウオーカー55台寄付の恩恵で、

念願のハートウオーカーを手に入れることができたという話題でした・・・。


聴覚障害の方向けの「シルウオッチ」

聴覚障害者の人たちが心から喜んでくれる商品、それが「シルウオッチ」ですね。

聴覚障害者の方のための「聴導犬」もいるにはいるようですが、35万人の需要に対して十数頭しかいないようです。

これでは聴覚障害者の方全てに行き渡るのは絶対に不可能ですね。


聴覚障害者の人が毎日の生活の中で一番困ることが、「電話」や、「玄関のチャイム」などの身の回りの音を聞き分けることが出来ない事。


今まではランプなどの光で知ることが出来るだけでしたが、昼間はなかなかランプも見分けることが出来ず、聴覚障害の方はかなり不自由をしていたようです。

その音の聞き分けを自分の腕にはめた「「シルウオッチ」で知ることが出来るようにしたのが齋藤 勝さん。



齋藤自身が聴覚障害を持って生活していましたので聴覚障害者の毎日の苦労は手に取るようにわかります。


そんな齋藤さんが、「聴覚障害の方に役に立つ商品を開発したい!!」と、何と独学で無線技術を学び、7年間の歳月をかけて開発したのが「シルウオッチ」なんですね。


「呼び鈴」などを察知した送信機が、『文字』 『振動』『光』で受信機の「シルウオッチ」に知らせます。

「シルウオッチ」は斎藤さんこだわりの腕時計型ですのでどこにいても受信できますので色んな情報に即座に対応できるんですね。



「シルウオッチ」、今グループホームなどの「徘徊防止用」に使われようとしています。

一人の看護士で何人もの面倒を見なくてはいけないグループホーム。認知症の方も多いために目が離せません。

徘徊するために裏の出口から出る前にそれを察知して、『認知症の方の一人での外出を未然に防ぐ』この役割を「シルウオッチ」が見事に果たしていましたね。

「シルウオッチ」今後も様々な利用方法が期待できます。


      【齋藤 勝さんのマイゴール】

 『笑顔があふれる人に優しいもの作りを続けて行きたい。』

『人々を足元からサポートしたい』三村仁司

スポーツシューズというのは、トップアスリートにとっては自分の分身みたいなものなんですね。自分の足にピッタリ合った靴があってこそスポーツの世界で超人的な活躍ができるのですね。

今回の「夢の扉」を見て、改めてその思いを強くしました。靴底の厚さをミリ単位で調整したり、靴の素材を様々に変えて、スポーツ選手各個人に合った靴を作る靴職人三村仁司さん。人呼んで、「メダルを生み出すシューズ職人」です。

三村さんが作るシューズはMLBで活躍するイチロー選手や、マラソンの金メダリスト高橋尚子選手や野口みずき選手、海外の一流スポーツ選手など、数多くのスポーツ選手に愛用されています。

今回行われる世界陸上大阪大会にでも、メダルの期待が懸かる棒高跳びの澤野大地選手や400m走の金丸祐三選手、そして女子マラソンに初めて日本代表として出場する名古屋国際の覇者、橋本康子選手を始め、参加選手約50人からスポーツシューズ製作の依頼を受けているとか・・・。

50人もの一流スポーツ選手に愛用されている靴職人三村仁司さんの作る靴。愛用される秘密は、三村仁司さんが靴つくりに魂を込めて依頼者に本当に必要な靴を産み出すからですね。

一つの大会で只1回しか履かれない専用シューズ。それを作リ出すための三村さんの努力は並大抵ではありません。今回は、女子マラソン橋本康子選手の靴を作り出す過程を追っていましたが、マラソンコースの下調べから、橋本選手に合った靴の素材の選定まで徹底的におこなっていましたね。

靴の素材で言えば、ウレタンは少々硬いので反発力があるためスピードアップが望めるのに対し、スポンジは柔らかく足の負担が少なくなるため、持久力が望めるようですね。

今回の世界陸上大阪大会女子マラソンに参加する橋本康子選手のためには、特殊なポリエチレンの新素材を使用するようです。この素材は、ウレタンとスポンジのいいところ取ったようなもので、スピードアップと持久力両方実現可能とか・・・。

靴職人三村仁司さんの靴がどれほどの効果を生み出すか?世界陸上大阪大会女子マラソン橋本康子選手に大注目です。


           【三村仁司さんのマイゴール】

『世界陸上、北京五輪でより多くのメダリストを生み、そして走りたいと願う多くの人にすばらしいシューズを作りつづけてゆきたい 。』

石松隆和さんの、 『ものづくりの力で、安くて役立つ福祉機器を作りたい』

「私の祖父はいつも私に言っていたものです。
今日頑張ったごほうびに明日がやってくると、・・・。」

という、

宮沢 りえさんの素敵なナレーションで始まる 夢の扉 〜NEXT DOOR〜



あらゆる業界・ジャンルで「未来の夢」をめざす
人・グループ・プロジェクトに密着するドキュメント番組

夢の扉 〜NEXT DOOR〜


今回の、 夢の扉 〜NEXT DOOR〜 は、
長崎大学工学部教授、石松隆和さんのドキュメンタリーです。


石松さんが行っているのは、 「福祉機器」 の開発。

例えば、坂の多い長崎で活躍している 「てんじんくん」。
これは、 「1人乗り用の斜面モノレール」 ですね。

この、 「てんじんくん」 は、
足の不自由な方だけではなく、足腰の弱った年配の方にも
大変喜ばれています。

石松さんは、障害者の方の間では、 

福祉関係の機器に関して、 「どんな問題も解決して、
幸せを約束してくれる人」 として有名です。


そんな石松さんの目的は、 
「障害を持つ人を幸せにできる機械」 を作ること。


専門のロボット工学の知識を生かし、今までにも様々な
福祉機器を作ってきました。

「指の不自由な方のための指を動かす装置」

「下半身が不自由な方のための歩行支援機」

「身体の不自由な方のための玄関ドア開閉装置」

「首から下が不自由な方のためのナースコールセンサー」


今回は、
車椅子生活を送っている方のために、 「階段昇降機」 を
開発することに。


これは、

「今まで2階の生活を送っていて、2階の良さを忘れられない。
どうしても、又2階での暮らしをしてみたい。」 という、

切なる願いに応える形で開発に取り組んだもの。

「階段昇降機」 試作機試験も無事終了し、石松さんは
今年中には納めたいと言っていました。


いやー、石松教授素晴らしいです。

テレビの画面からも依頼者の方に信頼されている様子が
伝わってきます。


石松さんのポリシーは、

「できるだけ安く作ってあげること」

「依頼者の方、個人個人にピッタリ合った物を作ること」


そして、石松さんの福祉機器の一番の特徴は、
『自立支援補助機』 であること。


そうです。 
一人一人の肢体不自由な方に出来るだけ自立して貰うのが
最終目的ですね。

自立支援の一環として石松教授は、
長崎大学での自分の講議に車椅子の方などをいつも招いている
ようです。


今までも何人か身体の不自由な方のための道具、
機械を作る方が夢の扉に登場されましたが、

皆さんの願いは同じですね。


『自分で行動できるようになって生きる喜びを見つけて
欲しい!!』


『依頼者の方の喜びが自分の喜び!!』

こんな崇高な気持ちがあるからこそ、みなさん頑張れるん
ですね・・・。


      【石松隆和さんのマイゴール】
『2012年までに、福祉機器の開発で
    誰もが住み慣れた所で安心して暮らせる世の中に!! 』




田中隆さんの、 『どんなものでも作り出し、世の中のためになりたい』

「私の祖父はいつも私に言っていたものです。
今日頑張ったごほうびに明日がやってくると、・・・。」

という、

宮沢 りえさんの素敵なナレーションで始まる 夢の扉 〜NEXT DOOR〜



あらゆる業界・ジャンルで「未来の夢」をめざす
人・グループ・プロジェクトに密着するドキュメント番組

夢の扉 〜NEXT DOOR〜


今回の、 夢の扉 〜NEXT DOOR〜 は、

「人工衛星の部品」 や 「人工心臓」 から、 
「折りたたみコーン」、 「鉄パイプの切断」 まで。


『頼まれた依頼は断ったことがない!!』 と、静かに言う、
田中隆さんのドキュメンタリーです。


東京大田区、

ここは、 「物作りの街」 として有名で、 

「大田に行けば出来ない物は何もない!!」 とまで言われる
所です。


そんな街大田区で小さな町工場 「安久工機」 を経営する
のが、今回の主人公、田中隆さんです。


「安久工機」 は、従業員6名の小さな会社。

6人の内訳は、
技術者2名、営業1名、奥さんを含めた女性スタッフ3名。


そして、
その6名でなんと年商1億円を叩き出す超優良企業です。


「安久工機」 のポリシーは、 
「頼まれたものは何でも作る」 こと!!


これを断言できるには、自分の持っている技術への確たる
自信が必要ですが、


田中隆さんには、 「何でも作る!!」 そう断言できる
だけの実績を持っています。


「人工心臓」 開発に携わって25年。

一日に7トンもの血液を全身に流している心臓。

心臓移植のための 「補助人工心臓」 を開発しています。

作り出した人工心臓は50個以上になるそうです。


そして、 「人工衛星の部品」  など・・・

最先端機器の試作開発力は国内随一の力を持っています。



「頼まれたものは何でも作る」 そのポリシーで、
今回取り組んだものが、

『全盲の人が絵を描く筆』


依頼者は、香川県立盲学校の先生。

インターネットで調べて、色んなところに尋ねたのですが、
返事があったのは1つだけだったようです。

そう、返事をしたのが田中隆さんです。


香川県立盲学校で今使っている、絵を描く道具は、 
「レーズライター」


「表面作図機」 で、
専用の紙に指先で確認しながら描いていくものですが、


専用の紙しか使えないことや、
一度書いたものは消せないという欠点がありました。



そこで、田中隆さんが開発したものが、 「触図筆ペン」

インクに、蜜蝋を使いどんな紙にも描けるようにしました。

又、蜜蝋ですから、
一度描いても削れば何度でも書き直せます。


父親の、 
『職人が精魂込めたものは大事にせよ!!』 の教えに従い、

今も新しいものを開発することに魂を込める田中隆さん、


今も現役大学院生として学んでいます。


この姿勢こそ、 

「もの作りは生きがい」 という、田中隆さんの真骨頂
ですね!!



       【田中隆さんのマイゴール】

 『もの作りの立場から、医療福祉に貢献していきたい 。』

中井松幸 『足に障害を持つ人のためのオシャレな靴を作りたい』 

「私の祖父はいつも私に言っていたものです。
今日頑張ったごほうびに明日がやってくると・・・。」

という、

宮沢 りえさんの素敵なナレーションで始まる 
夢の扉 〜NEXT DOOR〜



あらゆる業界・ジャンルで「未来の夢」をめざす
人・グループ・プロジェクトに密着するドキュメント番組

夢の扉 〜NEXT DOOR〜


今回は、夢の靴を作る靴職人の物語です。

『足に障害を持つ人のためのオシャレな靴を作りたい』  

中井松幸


中井さんの作る靴は 「魔法の靴」 と呼ばれています。

それは、
中井さんの作った靴を履くと、

「病気で歩けない人が自分の足で歩けるようになる」 
からです。

実際番組の中で、
車椅子で生活していた人が歩けるようになり、
ついには走れるまでになっていました。


兵庫県 神戸市にある 『注文靴の店 中井』

わずか四畳半の小さな店ですが、この店の一番の特徴は、

注文する方の約80パーセントが足の不自由な人であること!!


最近は、外反母趾になる女性が増えています。
外反母趾もひどくなると歩行不能にまでなってしまいますね。

そんな 「外反母趾で困っている方のための靴」 や、

重度の障害を持ち、足の感覚が全く無いため一人で歩けない
方には、

「靴底と足首をL字型に固定した靴」 を作り、歩けるように
したり・・・

とにかく、
今まで歩行不能と言われている方を見事に歩けるようにして
います。

又、病気のために左右の足の長さが違ったり、左右の足の
大きさが極端に違ったりしている方にも、

自然な感じで歩ける靴を作ってあげています。


そして、
『注文靴の店 中井』  の靴の大きい特徴は、

その出来上がった靴がファッショナブルでかっこいいこと。

又、
外見からは、特別な靴を履いているということが全く
わからないこと。



中井さんの願いは、
みんなに足を隠すことなく堂々と出して歩いて欲しいこと。


4歳で靴職人のお父さんを亡くした中井さん。
14歳で靴職人の道に。

そして、
18歳の時に初めて足の障害を持っている方の靴を作ります。

今では、 「現代の名工」 にも選ばれている中井松幸さん。


彼の店、 『注文靴の店 中井』  にはいつも笑顔が
あふれています。

もちろん、歩けるようになった方そしてそのご家族の笑顔
ですね。


最後に、
ドリームナビゲーターの遠藤みずきさんが質問しました。


「お客さんの生きる喜びにつながるからこの仕事をされて
いるんですね?」


中井さん強く否定しました。

「イヤ、違う。 私が嬉しいからやっているんです!!」


       
       【中井松幸さんのマイゴール】

 『誰もが、おしゃれして、一歩でも多く、歩いて欲しい 。』
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